「意匠日記」谷口吉郎著

posted in: Blog | 0

週末のセミナーのことを更新したばかりだが、昼に広げた本の中のはしがきが、昨日出江さんの講演のかなでおっしゃられたことと同じキーワードから始まっていた。

「建築は口をもたない。沈黙である。」

読んでいくと出江さんのいわれる沈黙とここで書かれている沈黙の意味合いは違い、谷口さんはつづけて「その無言の建築を、私は自分の仕事としているのに、こんな駄文を書いてしまった。」とある

意味合いは違えど沈黙という言葉は以前は好まれて使われていたのかもしれない。

 

沈黙は別にして、本をめくっていくと最初の「ニ笑亭」の部分にこんなことが記載されている。

「しかし、その造形は、おそろしい。何故か。不思議に不気味なものが、その形の表裏にひそんでいて、私の頭を、あやしく、つかんで離さない。これはいったいなにによるのであろうか。・・・ きっと設計者の頭の中では形の寸法感が狂っていたのではないだろうか。」

この部分と同じ?いやいやニ笑亭までとはいかないが似たような感覚をした経験をおもいだす。

それは学生の頃 神戸の御影公会堂の1階のエントランスに入った時だった。

天井高と柱のサイズがあっていない。

柱と天井高のバランスが少しくるっているようで、柱がやけに太い。この柱のサイズでは、ここの天井は低すぎるような感じだった。

設計者の意図的なものによるものかどうかはわからないけど、少し息が詰まるようでドキッとした。

でもあの時の感覚が忘れられない。

 

昔、金壽根の空間社屋に行った時もそうだった。

今は美術館に改装されているらしいのだけど、地階にあったラウンジに入ったときにあまりの天井の低さに圧迫感を感じた。

でも掘りごたつのように掘り込まれたテーブルスペースに座った途端開口部から広がる屋外の空間に圧倒された。

金壽根の空間の操り方に脱帽だった。

 

そんなことを考えつつ昨日近くを通ったのに御影公会堂へ行けばよかった・・と後悔。

HPでみてみると御影公会堂は改修工事に入るようで、これからも残していただけるようなのでホッとする。

次回行ってみよう!

 

それにしても神戸はこんな感じで文化財が改修され残っていくのだが、岡山も佐藤武夫さんの市民会館残してもらえるのだろうか・・

 

谷口さんの本は晩にとっておいてまた仕事にもどる。

 

IMG_0891